「ソフトウエアの死」は本当か? 現れ始めたAIの光と影<村松一之・米国株投資の羅針盤>

配信元:株探
投稿:2026/02/11 10:00

◆金価格暴落、ウォーシュ議長指名は過熱相場調整のきっかけに過ぎず

 2月の米国株式市場は、やや通常とは異なる展開で推移している。さまざまな要因が複合的に交じり合い、まれに見る大規模なセクターローテーションが巻き起こっているのだ。このセクターローテーションの原因と、今後の展望について解説する。

 まず重要な発端は、金や銀の価格高騰とその後の急落である。昨年、金価格は年間で約65%、銀価格に至っては約148%もの上昇を記録した。そして、今年に入るとその上昇スピードは、更に加速してバブル的な動きとなり、年初からわずか1カ月足らずで金は約25%、銀価格は約63%も上昇したのだ。

 市場では「ディベースメント取引」という「構造的に通貨の価値が消えていくことを前提とした取引」が騒がれ、「通貨の代替として、長期的に金や銀が買われる」とのストーリーが台頭し、もともと上昇傾向にあった金や銀の上昇ペースが一段と加速したのだ。ただ、昨年後半からのコモディティ価格の上昇は、実際には「上昇するから、また買われる」という典型的な過熱ムードだったと思われる。それが1月後半から突如、急落に転じた。

 市場では、金や銀価格が急落したのは、トランプ米大統領が次期FRB(米連邦準備制度理事会)議長にケビン・ウォーシュ氏を指名したからだとの見方がある。私は、調整の理由は何でも良く、単にそういうタイミングだっただけのことと考えているが、市場がウォーシュ氏を警戒したことには、それなりの理由もあることは確かだ。

 1つはウォーシュ氏が、FRBによるバランスシート拡大に対して、真っ向から反対してきた人物だからだ。市場では、ウォーシュ氏が議長になると、FRBのバランスシートが縮小し、流動性相場が逆回転するリスクをイメージし、こうした環境で上昇してきた金や銀に逆風となったのだ。

 2つ目はウォーシュ議長のもとでは、ドルの信認が高まるとの見方だ。ウォーシュ氏は、FRBがインフレ抑制という目標に集中した場合には、市場の期待インフレ率は低下し、市場のインフレ期待が下がれば、実際にインフレは起こらないと考えている。そしてインフレに対して、FRBが強く睨みを利かせると、ドルの信認が高まり、結果としてドルの価値は高まることになる。つまり、「ディベースメント取引」を理由に買われてきた金や銀が売られる要因になるわけだ。このように何やら説得力があるように聞こえるため、調整の理由としてはちょうど良かったのだろう。

◆市場の懸念の正体は「AIによる既存ビジネスの再定義と淘汰」

 いずれにしても、金や銀の急落により、市場のボラティリティ(変動率)が上昇し、市場全体が何か落ち着かないムードに転じた。その不安はビットコインにも波及した。ビットコインの急落は信用取引の強制ロスカットを引き起こす。強制ロスカットにより、価格に関係なく売りが執行され、そのことでまた価格が下落し、新たな強制ロスカットを生む。このロスカットの連鎖で、時に市場では暴力的な下げが起こるのだ。この「直近まで好調だった資産が、ある転換点をきっかけに急激に逆回転する現象」をモメンタム・ショックと呼ぶが、今回はその典型的な動きと言えるだろう。

 そして、このモメンタム・ショックと同時に台頭したのが、「AI(人工知能)不安」である。AIについては、定期的に「AIはバブルでは?」という議論が沸き起こる。しかし、足もとで台頭している懸念は、「AIによる既存ビジネスの再定義と淘汰」である。もともと、AIが既存ビジネスを再定義することは予測されており、新しいリスクではない。新たな技術革新が誕生する時はいつも、光だけでなく闇の部分が存在し、消滅していく産業や企業が出てくるものだ。こうした中でターゲットになっているのがソフトウエア業界だ。

 昨年、オープンAIのライバルでもある、新興AI開発企業、アンソロピックがリリースしたコーディング支援に特化した「Claude Code(クロード・コード)」の性能が良く、システム開発者の現場から、ソフトウエア開発の脅威になるとの指摘が相次いでいた。そしてこの2月にアンソロピックは、AIエージェント「Claude Cowork(クロード・コワーク)」向けに、数十種類の業務を自動化できる各種プラグインを公開した。対象は法務、データ分析などで、契約書や法務文書のレビュー、財務モデルの構築も可能だ。

 このニュースにより、ソフトウエア業界は淘汰されるという不安が急速に台頭、「ソフトウエアの死」というような恐ろしいテーマが市場を席巻し、ソフトウエア関連株(セールスフォース、アドビ、サービスナウ、アップロビンなど)が急落したのだ。

そして、このソフトウエアの暴落と同時に、ハイパースケーラー(アマゾン・ドット・コム、メタ・プラットフォームズ、アルファベット、マイクロソフト)のAIデータセンターへの巨額投資に対する懸念も再燃した。この4社の2025年の設備投資は約3600億ドルとすでに巨額なのだが、なんと26年は最大で6500億ドルに投資が加速する見通しが示されたのだ。これは市場予想をはるかに超えるものだ。

 「この巨額の投資は回収できるのか?」、「フリーキャッシュフローが悪化するのでは?」と投資家が考えるのは当然だろう。また、今回はそこに先ほどの「ソフトウエアの死」の問題も加わった。ソフトウエア企業は、ハイパースケーラーのクラウドサービスを使う大口顧客でもあるからだ。従って、巨額投資を発表したハイパースケーラー企業は、足もとの決算内容が極めて好調でも、強烈な売りにさらされたのだ。

 ソフトウエア企業への不安とハイパースケーラーの巨額投資への懸念は、ハイテク株全般に波及し、大規模な「バリュエーション調整」を引き起こした。本来は巨額のデータセンター投資で潤うはずのエヌビディアやアドバンスト・マイクロ・デバイセズなどの半導体デバイス・メーカー、ASMLホールディング、アプライド・マテリアルズ、ラム・リサーチなどの半導体製造装置メーカーも含め、幅広くハイテク株が売られる展開になったのだ。

◆AIの進化が生む「光と影」、激しくなるセクターローテーション

 それでは今後、ソフトウエアは本当に淘汰の道を歩むのだろうか? 筆者はソフトウエア業界だけでなく、AIにより既存ビジネスは「再定義」のステージに移行すると考える。ソフトウエアは始まりに過ぎない。既存ビジネスにおいて、AIで簡単に代替されるような凡庸なサービスしか提供できない企業は、間違いなく淘汰されるだろう。それは、資本主義社会の必然である。

 ただし、「AIの社会浸透=ソフトウエアの死」という見方については、少し短絡的だと考える。ソフトウエア業界に関しては、これまでも数回、「ソフトウエアはもう終わった」と指摘されたことがあったが、大手ソフトウエア各社は、進化しながら成長してきた。フィンテックが登場した際には、銀行は消滅すると言われた。あのビル・ゲイツでさえ、「銀行機能は必要だが、既存の銀行は消滅する」と発言していた。しかし、どうだろう。米国の大手銀行はますます強力になっている。

 最近では、AIにより、グーグルのレガシー検索は価値を失うと目された。しかし、実際にはグーグルはAIを取り込むことで、ますます強大に成長している。大きな技術進化の過程では、多くの大手企業は新たな技術革新に対応し、それを取り込むことによってさらに強くなっているのだ。

 また、米国のソフトウエア業界の不調が、米国株式市場全体に及ぼす影響も比較的小さいと思われる。ソフトウエア業界というと、米国株式市場の中心のようなイメージがあるが、それは2015年から22年頃までの話だ。S&Pソフトウエア指数の年間騰落率は、過去5年のうち、4年はS&P500種指数をアンダーパフォームしている。ちなみに21年から今年の2月第1週目までに、S&P500は約85%上昇したのに対し、S&Pソフトウエア指数は半分の42%程度の上昇に留まる。最も好調なS&P半導体製造指数は約390%の上昇だ。

 ソフトウエア業界は、22年頃より大規模なリストラ、業務改革を進めてきたが、その間も株価は軟調で、バリュエーションはかなり割安になっている。例えばセールスフォースの予想PERは、5年前は約70倍であったが、現在は14倍前半だ。今の市場環境でソフトウエア業界を買い進める理由はないかもしれないが、大きく売り込む理由もすでに乏しいのである。従って当面は、ソフトウエア業界の逆風は継続するものの、米国株式市場全体を揺るがすことはないだろう。

 ただし繰り返しになるが、これはAIの社会への実装化で起こる「始まり」に過ぎない。今後もAIスタートアップが次々に新たなモデルを公表する。すでにAIが新たなAIモデル開発を担うところまで進化しており、そのスピードはさらに加速するだろう。そして、何らかの新モデルが発表されるたびに、何らかの既存ビジネスには再定義の圧力がかかる。AIの光が輝くほどに、AIの闇の部分も濃くなるのだ。

 つまり、以前よりもセクターローテーションの変化は頻繁かつ激しくなる。そんな中で、S&P500やナスダック総合指数のような主要指数は、セクターローテーションを繰り返しながら、着実にそして健全に上昇していくだろう。AIによるビジネスの再定義は、全体としては米国企業の生産性を改善させるからだ。

 足もとの米国株式市場の環境も良好だ。ダウ輸送株指数やKBW地方銀行株指数が史上最高値を更新している。米国経済が好調な証だ。S&P500銘柄に均等に投資するS&P500イコール・ウエイト指数も史上最高値を更新しており、幅広い銘柄が物色されている。米国株投資に重要なことは「Stay Invested(投資を継続する)」だ。パッシブ運用で株式投資を継続しながら、このビジネス再定義の時代に、生き残る企業と衰退する企業を選別する。そんな投資スタイルが求められるのではないか。


【著者】
村松一之(むらまつ・かずゆき)
和キャピタル取締役運用本部部長/フォーライクス代表

1973年生まれ、慶應義塾大学卒業後、1996年静岡銀行入行。支店勤務を経て、資金証券部に配属。その後、米ニューヨーク支店勤務など主に市場関連業務に従事。2017年8月、和キャピタルに入社、21年3月より現職。テレビ東京「Newsモーニングサテライト」でレギュラーコメンテーターを務めるほか、各メディアで市場分析のプロとしてのオピニオンを展開中。

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